亀田興毅

亀田興毅(かめだ こうき、1986年11月17日)
プロボクサー。左ファイターボクサー。亀田史郎の息子で、ボクシング家族である亀田三兄弟の長男。亀田大毅、亀田和毅は弟。階級はライトフライ級(フライ級から転級)。最高位はWBAライトフライ級世界王者(フライ級4位)、WBCフライ級世界4位。プロ戦績2006年8月2日現在12戦全勝(10KO)(実はアマチュアで一敗している)。血液型はB型。ニックネームは「浪速乃闘拳」(なにわのとうけん)。





来歴
大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。天下茶屋小4年の時に糸東流空手世界ジュニア大会で優勝。11歳からは、かつてボクシングジムに通ったことのある父親・亀田史郎による教育を受けてボクシングも始め、中学3年間は空手とボクシングの練習を並行して行う。天下茶屋中卒業後、ボクシングに集中するため高校には進学せず、プロボクサーへ。2002年の全国社会人選手権は準決勝で敗退するが、2003年(平成15年)のフライ級全日本社会人王座を16歳10か月で獲得。17歳の誕生日にプロ転向。2005年(平成17年)4月28日に大阪のグリーンツダジムから東京の協栄ジムへの移籍が正式に決定した。本人曰く、敬語は尊敬できる相手だけに使えば良いとしていると公言し、公の場では目上の相手でもため口で話す。好物は納豆で、最近ハマっているものはニンテンドーDSらしい。

2005年6月20日に後楽園ホールで、サマン・ソー・チャトロン(タイ 1969年 - 1990年代後半にWBCライトフライ級王座を10度防衛するも現役引退経験があり)と対戦し、1ラウンドKO勝ちし7勝目をあげた。

2005年8月21日には横浜で東洋太平洋フライ級王者のワンミーチョーク・シンワンチャー(タイ)に挑戦し、3ラウンドKOで初タイトルを奪取した(歴代2位の早さでの奪取も、防衛せず返上)。

11月26日、さいたまスーパーアリーナで行われた世界タイトル前哨戦にて、WBAミニマム級元王者のノエル・アランブレットに完勝。

2006年3月8日に2度目の世界前哨戦を行いカルロス・ボウチャンに6ラウンドKO勝利した。

5月5日には3度目の世界前哨戦でカルロス・ファハルドに2ラウンドTKO勝利した。

8月2日に元WBAミニマム級暫定王者ファン・ランダエタとの世界戦を行い、12ラウンドを戦いきった末、判定2-1でこれに勝利しWBAライトフライ級チャンピオンとなった。日本人選手で十代で世界王者となったのは、ファイティング原田(19歳6カ月)、井岡弘樹(18歳9カ月)に次ぎ3人目であり、プロのリングで日本人選手との対戦が一切ない状態での達成は初。12戦目での世界王座獲得は日本ジム所属選手で5位タイの速さである。

パフォーマンス
カルロス・ファハルドが同席した記者会見において、減量に苦しむ対戦相手の目の前で骨付きチキンを頬張り清涼飲料水を一気飲みして挑発[1]。
カルロス・ファハルド戦の前日計量において、対戦相手の写真を貼ったフライパンを両手で折り曲げた。
ファン・ランダエタ戦の前日計量において、ハンバーガーを食べながら、ファン・ランダエタのあだ名『ベイビー』にちなんだキューピー人形を渡したが、ランダエダはジョークと受け取り笑って対応した。返礼として試合前の計量の時にランダエタから紙オムツとおしゃぶりを贈られたが、興毅はそれを床に叩きつけた。その後、史郎がランダエタに興毅との握手を強要するがランダエタは拒否。それに対して史郎は「おまえがオムツしとけや!コラァ!」と恫喝した。

プロ戦歴
一戦目:デンナロン・シスソバ(タイ 0勝2敗)
二戦目:プラカルン・ツインズジム(タイ 0勝3敗)
三戦目:サミン・ツインズジム(タイ 0勝4敗)
四戦目:ダオチャイ・KTジム(タイ 0勝5敗)
五戦目:ノパデッチレック・チュワタナ(タイ 確認できる戦績なし/当時タイ国フライ級2位)
六戦目:ヨードゲン・シンワンチャー(タイ 0勝4敗)
七戦目:サマン・ソー・チャトロン(タイ 46勝7敗1分/元世界王者だが、長期ブランクと戦績低迷により当時はノーランカー)
八戦目:ワンミーチョーク・シンワンチャー(タイ 12勝2敗/当時OPBF東洋太平洋フライ級王者&WBC同級世界下位ランカー)
九戦目:ノエル・アランブレット(ベネズエラ 21勝4敗1分1無効/元WBAミニマム級王者&当時WBAライトフライ級世界ランカー)
十戦目:カルロス・ボウチャン(メキシコ 21戦16勝5敗/当時WBC傘下地域団体のフライ級ラテン王者&WBC同級世界ランカー)
十一戦目:カルロス・ファハルド(ニカラグア 24戦15勝6敗1分2無効/当時IBFライトフライ級世界ランカー&WBCフライ級世界下位ランカー)
十二戦目:ファン・ランダエタ(ベネズエラ 24戦20勝3敗1分/元WBAミニマム級暫定王者&当時WBAライトフライ級1位)
6戦目までの対戦相手の戦績は、Web上のボクシングデータベース“boxrec”等で確認できる、明らかに信頼できる成績のみを抜粋したものであり、必ずしも正確なレコードであるわけではない。一般的にタイ国ボクシング界では記録管理が極めて杜撰な上に、選手本人も自身の戦績に無頓着であるケースが多く、大半のタイ人選手の正確な記録はどこにも残されていないのである。

この一連の戦績不明な対戦相手たちは、業界内では「噛ませ(犬)」と呼ばれる無名選手であり、多くはムエタイが本職の“アルバイト・ボクサー”たちである(例えば、K-1で活躍するガオグライ・ゲーンノラシンも、かつては国際式ボクシングの選手として来日している)。彼らは、来日時は本来の実力に関係なく、無気力とも受け取れる試合ぶりで日本人選手に白星を献上する役回りを務めるケースが非常に多い。これは、下手に健闘してしまうと「危険な選手」と見做され、それ以後ファイトマネーの高額な日本からお呼びがかからなくなるので、そうするのだと言われているが、このことを公の場で告白したものはいない。

また、7戦目以降の相手はいずれも元世界王者、現役地域タイトル保持者および世界ランカーであり、11戦までは彼らを相手に全てKO勝ちを収めている事には一定の評価は与えて良いだろう。しかし、これらの試合は、対戦相手の実績や名目上の地位と試合で見せた実際のパフォーマンスとの間に相当な格差が認められるケース、適正体重が亀田より明らかに軽いケース、あるいは試合の決着が反則打撃と不当なジャッジでもたらされたものであると疑われるケースばかりである。そのため、ボクシングマニアや関係者の間では、亀田興毅の実績を額面通りには評価できないという声も未だに根強い。

世界タイトル戦以前の評価・反応
11戦11勝という華々しい成績だけでなく、黙々ときつい練習に励む姿や積極的にファンサービスを行う姿勢など、リングの外で見せる、会見やリングでのそれとはまた違う一面が好感を呼び、ボクシングファンだけでなく多くの若い女性ファンの支持を集めている。2006年8月現在、日本のボクシングジムに所属する世界王者が亀田興毅以外に5人(WBAミニマム級新井田豊、WBCスーパーフライ級徳山昌守、WBCミニマム級イーグル京和、WBCバンタム級長谷川穂積、WBAスーパーフライ級名城信男)もおり、また、7月の初防衛戦で敗退したものの越本隆志も日本人最年長世界王座奪取という話題で業界内を盛り上げた近況でありながら、依然として一般層での人気低迷が著しいボクシング業界の中で、彼ら亀田三兄弟がその復興に多大な貢献を果たしているという声も上がってはいる。

だがその一方で、彼らの人気はボクシングそのものにはまるで興味の無いファン層を開拓しただけの“ミーハー人気”であり、日本ランカーを観に足しげく後楽園ホールに通うような熱心なボクシングファン拡大には至っていないという声もある。

事実、現在テレビのボクシング中継で高視聴率を獲得するのは亀田兄弟関連の試合のみであり、その他の世界タイトルマッチは低視聴率に終わったり、時には地上波で全国中継すらされないケースもある。

 こうした中で2006年における“亀田ブーム”は亀田家や所属ジムの売り込みも含め、メディア・マスコミ(特に“亀田ブーム”が起きる前から密着していたTBS)が作り出しているものであり、実際の亀田三兄弟の実力がこの人気に見合ったものかは疑問符がつく、といった指摘も業界内外から数多くなされている。

具体的には、毎日新聞が13回防衛した元世界チャンピオンである具志堅用高にインタビューし、逃げていると亀田兄弟に対しコメントしたという記事を掲載したことがあった。

具志堅が「亀田、今、波に乗っている本物と戦え! 世間の目はそういつまでも誤魔化せん」と言った内容であったが、同時に毎日新聞でインタビューを受けたボクシング専門誌元編集長によると「今現在体を作らないと、いくら才能があっても自身をボクシング歴で上回る25歳前後の体と技術・経験・負けグセのない選手相手では厳しいので、じっくり育てて欲しいと言われた。どちらにしても亀田はボクシング界にとって期待の星であることは間違いないであろう。総合格闘技に傾く人気のボクシングをゴールデンタイムに導いてさらに記録的な視聴率をもたらした功績は大きい。プロボクシングの衰退が掛かっているといっても過言でない。ドームを満杯にできる選手は今となっては彼くらいなのだから。」とコメントをしている[要出典]。

亀田側はそれを非難し、「俺は真面目にただボクシングをやっていってるだけじゃ」と反論している。

週刊ポストは、この亀田人気やマッチメイクへの疑問を記事として掲載し、彼のことをそのニックネームをもじり「浪速の逃犬」と揶揄していた。

世界タイトル戦及びそれ以後の評価・反応
この項目は現在進行中の事象を扱っておりますが、Wikipediaはニュース速報ではありません。性急な編集をせず事実を確認し正確な記述を心懸けて下さい。またウィキニュースへの投稿も検討してみてください。なお、この内容は不特定多数のボランティアにより自由に編集されていることを踏まえ、自身の安全利害に関わる情報は自己責任でご判断ください。
2006年8月2日に行われた元WBAミニマム級暫定王者ファン・ランダエタとのWBAライトフライ級タイトルマッチにおいては、1R終了直前にダウンし、試合開始早々に大ピンチを迎えた。しかし2R以降はよく立ち直り、中盤は手数と細かい確実なヒットで攻めるランダエタに対し、強打中心の反撃で優劣見極め難い奮戦を続ける。だが11RにはTKO寸前の劣勢となり、ここを踏ん張って漸く迎えた最終12Rも劣勢が否めなかった。結局は2-1の僅差で判定勝ちを収めたが、これについて読売新聞・毎日新聞など大手メディアは内容の差し替えも含め、この勝利を「疑惑の判定」「後味の悪い勝利」などと評し、揃って結果に対し疑問を呈する記事を報じた。

最も疑問を集めているのは、亀田が目に見えてフラフラであった最終ラウンドでもジャッジの一人の韓国人は亀田の方を高く採点していた点で、それが決め手となって亀田勝利の判定結果がもたらされたこともあり、判定のシステムの問題点まで波及し、 物議を醸している。

判定に関して
ただ、プロボクシングにおける採点(特にノックダウンの無いラウンドの場合)は、ジャッジの主観に頼る部分が大きく、非常に難しいものを孕んでいる。
具体的に説明すると、プロボクシングの採点は、1ラウンドごとにその優勢を

クリーンヒット(正しいナックル・パートで加えられた明確な打撃。評価の高さはヒットの数や与えたダメージによる)
アグレッシブ(攻撃性。いわゆる手数の多さ、そして積極的な攻撃姿勢をアピール出来た時間の長さ。ただし加撃を伴わない単なる乱暴な突進は攻撃とは認められず、無効とされる)
リング・ジェネラルシップ(堂々たる試合態度で主導権を握り、主体的に試合をコントロールしていた時間の長さ)
ディフェンス(文字通り、相手の攻撃をどれだけ巧みに防御出来ていたか。ただし攻撃に結びつかない、防戦一方の展開の際は評価されない)
という4要素で判定すると定められている。
実際の採点にあたっての手順としては、まずこのうち「クリーンヒット」と「アグレッシブ」の2要素の優劣でまず結論を出す努力をし、それで互角の場合は「リング・ジェネラルシップ」で判断する。「ディフェンス」はあくまで副次的要素として扱われる傾向が強い。
しかしながら、強打のダメージと手数の多さ、すなわち「クリーンヒット」と「アグレッシブ」をどういった“交換レート”で評価するかという点に関して絶対的な基準は存在せず、各ジャッジがケース・バイ・ケースで判断しているのが現状である。そのため、僅かな主観の違いが各ラウンドの採点に反映され、その結果、採点結果が試合全体の内容と食い違うケースや、同じ試合の採点でもジャッジによって著しく結果が異なるケースも散見される。そういった意味において、今回の亀田vsランダエタ戦に関しても、全体としては亀田劣勢のような印象を受けたとしても、採点上は亀田“優勢”という結論を下すジャッジがいておかしくはない。とはいえ、そのような“逆転現象”がジャッジの3名の内の2名の意見とされ、公式判定として認定されてしまったのはまさに「微妙な判定」としか言いようがなく、この試合の内容と判定結果の齟齬については今後長きに渡って論議の的となることだろう。
なお、ボクシングでは、いわゆる「地元判定」、またはオブラートに包んで「微妙な判定」と称される、試合内容と採点結果の不一致が目立つケースが、地元選手と遠征して来た選手との試合において、多々見受けられるのは事実である。海外諸国でも“「地元判定」大国”のタイをはじめとして、もはや日常茶飯事と言うべき有様となっている。ただし、近年は日本で開催された世界タイトルマッチの採点は概ね公平で、優劣不明な混沌とした内容を受けての「微妙な判定」が時折見受けられる程度である。時には日本人選手に不利な判定が下るケースもあるほどで、亀田興毅所属の協栄ジムでも“逆「地元採点」”で涙を呑んだ選手も存在する。今回はそんな情勢の中で起こった「地元判定」疑義だけに、より問題が複雑化している節も窺える。(※なお、採点のルールに関しては、ボクシングの採点方法も参照)

試合結果を受けての反応
この判定に対し、元ボクシング世界王者の間でも反応は分かれた。畑山隆則や渡嘉敷勝男などは亀田の健闘をたたえ、渡嘉敷などは公式判定の内容を明快に支持する発言をした。その一方で、ガッツ石松、薬師寺保栄、平仲明信らは、5〜7点差でランダエタ優勢となった独自の採点結果を公開すると共に、公式判定を痛烈に批判。それだけでなく、今後のボクシング界に与える悪影響を懸念していた。また、井岡弘樹のような、独自の採点は亀田の小差劣勢であると認めつつも、公式判定への非難は避けて亀田の健闘も称える“中間派”、そしてファイティング原田のように、試合に対して明言を避けた者も多い。

なお、一部の関係者からは、「日本ボクシング史上に残る不可解な判定」という声さえも聞かれた。[1]

その他著名人の間でも賛否は両論で、二宮清純ややくみつるなどが、この試合結果やその後の亀田の対応も含め怒りや批判的な主張を繰り返している一方で、朝青龍や星野仙一、橋下徹らは「相手が弱かった」「プロのジャッジはプロならではの見方がある」などと擁護の姿勢を見せている。

「中盤で亀田が挽回していた」として、「互角だった」もしくは「どちらが勝っていてもおかしくない」と亀田を擁護する関係者・著名人も存在するが、総じて批判的な声の方が多いと言える。

しかし世論の大多数であるTV観戦に関しては、解説者の意見に非常に左右されたという指摘もある。この試合は鬼塚勝也、竹原慎二、畑山隆則といった元チャンピオン達が試合解説をしていたが、終盤になると「世界戦を経験できて良かった」「この試合が次に必ず繋がる」など、亀田劣勢をイメージ付ける解説が多かった。こういった解説が繰り返されたことにより、視聴者に必要以上に「亀田の負けだ」という印象を植え付けたという見ることができる。また、試合終盤などに、放送席解説陣による非公式の採点では亀田不利結果になっていた事をほのめかす発言があり、しかも亀田敗戦を前提としたフォローともとれる発言まであったため、結果として視聴者に亀田劣勢の印象を強く持たせた、という見方も出来るだろう。

試合終了直後から、試合を放送したTBSに対し、視聴者からの抗議が殺到した。その数は、8月2日の午後7時30分から翌日、3日の午後9時までで5万5千件近くに上った。ただしTBSは、この内の半数程度は「放送開始(19時30分)から試合開始(20時50分ごろ)までの時間が長過ぎる」というものであったと発表している。 また、この一連の抗議に対するTBSの見解として「テレビ局への批判はよくあること」というものもあるが

2005年1月にNHK会長であった海老沢勝二の顧問就任を報じた際の批判が、電話やメールで約6500件
2004年10月に、TBSが新潟県中越地震のため特別番組を報道し、機動戦士ガンダムSEED DESTINYを放送休止とした際が約3万件
などの他の事例と比較してみると、わずか2日間で5万5千件という件数は、例を見ない多さである。 さらには、日本ボクシングコミッション(JBC)にも多くの抗議が電話・メール等で寄せられ、その内容の多くは「判定がおかしい」「カネか何かをジャッジに渡していたのではないか」という厳しいニュアンスのものであった。

同時にベネズエラの日本大使館には、ランダエタ選手へ宛てた2000通にも及ぶ激励のメールが寄せられている。そのほとんどが日本からのもので、「あなたが勝者だ」「素晴らしい選手。応援したい」「ベテランらしい戦いぶり」などと、ランダエタ選手の健闘をたたえる内容ばかりで、中には「日本を嫌いにならないで」と訴えるものもあった。[2]

この様に、自国の試合で自国の選手が勝利してチャンピオンになったにもかかわらず、判定についての抗議運動が発生した事については、二宮清純が「日本人はフェアプレイを愛する」という肯定的な評価をした(二宮は8月2日はボクシングが死んだ日とも話している)。

また、今回の試合前に、亀田が「ベルトはおやじに渡したい」と発言していたことを受けて、公平であるべきWBAは、本来のベルト以外に、亀田の父・史郎に対するチャンピオンベルトをも事前に用意し、試合後に贈呈するという前代未聞の事を行った。結果として、「最初から勝敗が決まっていたデキ試合と勘違いされる」「八百長を助長するつもりか」「負けていたらそのベルトはどうしたのか」「ベルトの費用はどこが負担したのか」と、激しく批判されることとなった。

TBSは本試合の2日前に日本レコード大賞の放送日程を大晦日から12月30日に変更すると発表していた。この事に関して、TBSには亀田のタイトル防衛戦を大晦日に放送するとの思惑があったという指摘があり、「試合前から亀田の勝利を予定に入れていたのではないか?」という疑念のもとになった。 しかし一方で、日本レコード大賞レベルの番組編成を変更する場合、多数の出演者や広告・宣伝との兼ね合いから、半年以上前から検討されるのは当然のことでもある。本試合の2日前に発表したタイミングの悪さが、問題の原因とも思われる。

当の亀田本人は、試合直後のインタビューでは勝利の自信がなかったかのような態度を見せていたが、試合後の記者会見やその後のテレビ出演で、「ダウンはオレ流サプライズや」「手元にベルトがあるからな」など、相変わらずのビッグマウスを復活させている。[3]

試合から約10日を経て発売されたボクシング専門誌でも、この試合の判定は「疑問の残る判定」と扱われた。「ボクシングマガジン」06年9月号では、表紙に大きな文字で「判定に疑義沸騰」と記され、試合レポートも「明確な差をもってランダエタが勝利していた」自己採点をした記者が担当するなど、今回の結果に対して非常に厳しいスタンスで臨んだ。
posted by りゅう☆ at 15:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ
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